若狭・美浜生活と健康を守る会準備会では7月23日、美浜町の原子力PRセンターを訪問。翌24日、南越生活と健康を守る会では、原発問題の学習会を行いました。越前市議会では、生活と健康を守る会が出したエネルギー政策の抜本的見直しに関する請願が修正され、本会議で全会一致で採択されています。原発問題で揺れる福井県を編集部が訪問しました。
福井県は日本で一番多くの原子力発電所が立ち並ぶ県です。原発がある地域では、原発反対の声がタブー視されている町もあります。国から出される原発の補助金は地元の住民の生活や雇用には生かされておらず、多くの「ハコモノ」が立ち並んでいます。仕事の雇用形態も派遣労働が増えています。
原発ができても豊かにはなっていない
美浜原発は、1970年に営業運転が始まり、工事期間を含めると半世紀以上が経過しています。「原発が町にできて生活が豊かになったかと聞かれたら、“実際にはなっていない”と答える」のは若狭町の掛谷岩男さん(65)。「元々は農業と漁業の町だった」と若狭・美浜生活と健康を守る会準備会の寺田順一代表は話します。
原子力PRセンターでは館長自ら、原子力の安全性や東日本大震災を受けての対策を説明しました。質疑応答の中で「原発への非難が高まっている」「観光で来県する人が減少し、福島と福井を勘違いしている人もいる」と話されました。
以前、原発に関連する会社で働いていた美浜町の若松修さん(71)は、今回の事故で福島原発で働くことについて「社内で教育がされていないのではないか」と話しています。
セシウムが減るには膨大な期間を要する
24日の越前市での原発学習会には会内外から合わせて43人が参加しました。美浜町のとなりにある敦賀(つるが)市の光陽生協病院の平野治和院長を講師に、「原発事故と放射線」をテーマで話が進みました。平野院長は、福島第一原発事故の影響を説明し、県外への避難者や震災後の失業者数の実態を話されました。ニュースでよく出る「シーベルト」について具体的な説明されました。「セシウム」についても話され、減少するにはヨウ素と比べて膨大(ぼうだい)な期間を要することも話されました。
質疑応答では、原発の恐ろしさを、原発をなくしたら電気が足らなくなる不安を持っている人に対して、「どう伝えたらいいか」との質問がありました。越前市の前田伸子さん(65)は、「子どもや孫の世代にきれいな地球を残したい。原発についてうまく伝えることは難しいけどきちんと伝えていきたい」と話されました。
(2011年8月7日号「守る新聞」) |