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原水爆禁止2011年世界大会 核兵器と原発は未来に必要ない 廃絶へ大きなうねりをつくろう 広島・長崎

 広島・長崎に原爆が落とされて今年で66年。8月3日から9日まで広島と長崎で、「原水爆禁止2011年世界大会」が開かれました。広島大会・国際会議で原発事故による福島・飯舘(いいたて)村の実態を報告した村会議員で会員の佐藤八郎さんの発言(要旨)と、参加者の感想を紹介します。

もう核の被害者を出してはいけない

福島・飯舘 佐藤八郎(59)

 飯舘村は当初避難区域に指定されず、善意で避難民を受け入れ生活支援をした村民は、自分たちも被ばくしながら、知らずに放射性物質がふくまれた水や食べ物を提供したことに苦しんでいます。
 全村避難となりましたが、特別養護老人ホームや8事業所、交代で村民の財産を守る「見守り隊」と合わせて800人を超える人が村に戻って働いています。この政府、村長の施策は、低線量被ばくで人間をモルモットにするのでしょうか。
 政府・東電は「隠す」「ウソつく」「過小評価」で、村民を騙(だま)したのです。健康と命と生存権が保障される生活ができる復興と帰村(きそん)を求めます。
 使用済み核燃料の安全な処分方法さえ確立できず、「核」と人間が共存しえないことは明白。子どもたちに安全な環境を残すため、再生可能なエネルギーへ早急に転換し、もう、これ以上「核」による被害者を出してはなりません。

心も生活もバラバラに原発はなくしてほしい

福島・飯舘 佐藤みつ子(62)

 生まれ育った飯舘村で母が始めた家業(雑貨などの店)を受け継ぎ、3人の娘を育て上げ、孫7人の成長を楽しみに、貧しくても夢も希望も描ける毎日でした。でも、原発事故で私も家族も村民すべてが、心も生活もバラバラにされ、怒りと憎しみでいっぱいです。
 「学び運動し、体験しているから、さらに前向きな運動ができるのだ」と国内外の多くの代表の発言に圧倒され、「自分が生きて体験したこと」を語り、この体験を今後の生き方にどう生かすべきかを考えさせられました。
 被爆者の実態は聞けば聞くほど悲しく、涙なくしては聞けませんでした。原発事故が収束(しゅうそく)できず、放射性物質の除染(じょせん)ができないのなら、原発はなくすべきと強く思いました。
 署名を集めたり、集会に参加したり、手伝えることがあったら手伝うことは、私にもすぐにできます。村の自然を汚染し、村民を追い出した「原発」と、「核兵器」をなくすために微力(びりょく)ながら努力したいと思います。

共存できぬ「核」と人間運動をもっと広げよう

埼玉・所沢 政岡秀実(67)

 今年は福島原発事故による放射能汚染もあり、多数の参加者による長崎大会の会場の熱気に圧倒されました。54万人分を超える「核兵器全面禁止のアピール」署名が、潘基文(バンギムン)国連事務総長の代理・ドゥアルテ国連軍縮問題担当上級代表に手渡されました。
 25か国から87人の海外代表が参加し、この運動に賛同する訴えが寄せられました。昨年12月の国連総会では「核兵器禁止条約の交渉の開始を求める決議」へ史上最高の133か国の賛成があったことなど、核廃絶を求める声は世界的に大きなうねりとなっていると知らされました。
 若い人が多く、原発の安全神話が虚構(きょこう)だったことから、「核兵器と原発は、自分たちの未来に必要がない危険なもの」として、核廃絶の運動に参加している姿に感動しました。
 日本政府は未だに原爆被害者に十分な償(つぐな)いをせず、「核抑止(よくし)力」に固執(こしつ)し核兵器禁止条約に消極的です。「核兵器・原発は人間と共存できない」の声を広げる運動が、もっと必要だと痛感しました。

(2011年8月28日号「守る新聞」)

 
   
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