全国生活と健康を守る会連合会
   
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継続は力 雨でも風でも欠かさず宣伝 私たちの声 地域に浸透

 私たちの主張を広く知らせ、理解してもらうには宣伝活動が欠かせません。各地の生活と健康守る会では日常活動の1つとして、他団体との共同も含めて各種の宣伝を繰り広げています。その形態はさまざまですが、毎月決まった日に定期的にずっと続けてというものが少なくありません。全国に数ある定期宣伝の中から3つの取り組みを紹介します。訴えは徐々にではあっても地域に浸透、世論をつくり上げています。

生存権を守る
京都・上京

 京都市上京区に北野天満宮があります。神社の毎月25日の縁日に合わせて、上京生活と健康を守る会はビラ配布とマイクで宣伝しています。生活保護制度に対して激しいバッシングが吹き荒れ、法改悪が画策されました。これを食い止めるために、2013年1月の初天神から行っています。
 法改悪は強行されましたが、私たちの運動により、実質的には「保護を必要とする人はこれまで通り受けられる」ことが守られました。粘り強く宣伝してきた成果だと思っています。
 また、「老齢加算廃止は憲法25条違反」と訴えた生存権裁判も繰り返し宣伝し、最高裁宛ての要請書名への協力などを訴えてきました。
 残念ながら裁判は敗訴となってしまいましたが、取り組みを通して徐々に生活保護制度や貧困問題が市民の間に浸透し、共感を呼ぶようになってきました。これも宣伝を続けてきた効果の1つにほかならないと思っています。生活保護制度が崩されると、社会保障は底なしです。
 生活保護基準引き下げと年金減額は、ダブルパンチの弱者いじめです。これに対し、審査請求や基準引き下げの取り消しを求める裁判も含めて、さらに気概を燃やして今後も末長く宣伝を繰り広げます。

(猪田修身通信員)

核兵器ゼロに
福岡・飯塚

 飯塚生活と健康を守る会が、核兵器廃絶運動に取り組み始めて40数年。日本は世界で唯一の被爆国として、このような惨状を二度と繰り返さないとの強い思いです。春夏秋冬の一年を通して毎月一度、飯塚市の中心地であるバスセンター付近で行っています。
 1945年8月6日に広島市、8月9日に長崎市に原爆が投下され、一瞬にして大勢の尊い人命が奪われました。今年で戦後70年になり、惨状もだんだんと風化されていきます。人々の関心も薄れていく中で、現状は世界各地で紛争が続いています。毎日、どこかの国でたくさんの人が犠牲になっているニュースが、目に入ってきます。子から孫へと被爆者の苦しみは続いています。
 「核兵器と人類は共存できない」「人を殺すための核兵器はいらない」が、被爆者の人たちの切実な声です。私たちは広島と長崎の原爆投下日に合わせて、毎月6日または9日に集合。通行人やドライバーらにハンドマイクを使ってビラを配布、署名への協力を訴えています。
 暑い日も寒い日も、一日も早く世界中の核兵器がなくなるように、そして、大事故の危険が付きまとう原発の即時停止を求めて、運動しています。
 唯一の被爆国の日本から世界に向けて、核廃絶の声を上げていくことが、とても重要です。飯塚生健会は一丸となって、6・9運動に取り組みます。

(谷口照美さん)

被災者と共に
埼玉・蕨市

 「震災被災者支援にご協力ください」―。毎月11日夕方、JR蕨駅前に元気な声が響きます。蕨市生活と健康を守る会(浅名勝次会長)の災害の日行動です。2011年7月に始まり、この3月で45回となりました。
 「震災のことを忘れてほしくないとの思いから始めた」と浅名会長。時間は午後5時30分からで、夏は昼間の暑さがまだ残り、冬はもう真っ暗。それ以外の季節でも荒天時は大変ですが、そんなことは言っていられません。被災者・地支援にかける熱い思いが、取り組みを駆り立てます。
 毎年3月は拡大版。幅広い団体が結集します。今年は8団体53人(うち会員は19人)が集まり、東西両出口で支援を訴えました。募金6万5955円、署名103筆が寄せられました。

(2015年3月29日号「守る新聞」)

 
   
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