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戦争体験者が語る… 「戦争法案」許せない

 戦争をするのに平和というまやかしの言葉で覆い隠された「戦争法案」―。実際に戦争を経験された新潟と広島の生活と健康を守る会の会員2人が、怒りの声を寄せてくれました。

やっと面会、最後の別れ
新潟市 水品 可久(かく)(86)

 私は1928(昭和3)年生まれの86歳です。尋常小学校1年生の時は毎朝、奉安殿の前で最敬礼をしてから校舎に入りました。そして君が代を歌わされ、その歌詞を毎朝書かされました。教育と言えば万世天皇・教育勅語の勉強を徹底的に教えられました。
 そして44(昭和19)年のある日、当時42歳だった父親が招集されました。当時42歳で招集されることはほとんどなく、突然どこかに連れて行かれてしまいました。
 父はその後、偽名を使って私たち家族に手紙を送ってきました。ただ、「発つ」と書かれていただけの電報です。しかし、私はそれが父からの電報であるとすぐに分かりました。
 どうしても父に面会をしなければとの思いから基地の見当をつけ、面会を申し入れに行きましたが、そんな者はいないと言われ面会はできませんでした。父は絶対に家族が来ると信じ、面会に来た家族を発見して、会いに出て来ました。それが見つかり何度も何度もなぐられました。倒れても、倒れても立ち上がり、また、殴られました。絶対に会わねばと思い、他の場所を探し、ついに会うことができました。おはぎと靴下の入った荷物を渡しました。ところがまたしても見つかり、今度は革ベルトで殴られました。酷(むご)い目に遭わせるものだなと思いました。つらくて見ていられませんでした。これが秘密部隊だと思いました。
 そこに将校がやって来て、面会が許され、待合室で会うことができました。面会できたのは私一人だけで、それがお父さんに会った最後となりました。
 戦争が終わって、私は戦時中の担任の先生に「あの戦争は間違っていたのではないか?」と問うと、先生は「戦争は間違っていなかった」と言いました。
 しかし、後日しばらくしてからその先生は「先生たちもその様に教育を受けてきた、間違っていた」と謝ってきました。
 その後、その先生は毎週土曜日に、街頭に立ち、教え子たちを絶対に戦場へ行かせてはならないとのビラを配布していました。
 今、安倍首相は、戦前のように日本を「戦争のできる国」につくり変えようとしています。「戦争法案」は廃案しかありません。

被爆した夫からの宿題
広島市 牧野 サヨ子(84)

 “あの日あの時”疎開で2年生編入の山口県岩国高女3年生の私。本格的な学徒動員となり、教室が工場となって風船爆弾用和紙原料の楮(こうぞ)の作業に従事していました。
 終日軍歌漬けの生活で作業開始の号令と同時に、東南のガラス窓がピカーッと光り、しばらくしてドーン。爆心地からの距離50キロ以上の地点だったので「ピカッ! ドン!」が鈍かったのを覚えています。
 20年前、66歳で病死した夫。県立一中4年生のとき、爆心地から3・5キロの南観音の旭兵器工場内で大砲の弾を磨いている最中に被爆、脱出しました。
 建物疎開で新川場町(現中町)から留守番を兼ねて叔母の家、牛田町にたどりついたのは夕刻。広島駅で被爆の父と預かっていた一中1年生のいとこを探しに出ました。
 翌朝、いとこの教室に入ると、生徒たちの遺灰が等間隔に並んでいました。建物疎開跡片付け交代で教室待機中でした。出席順で確認の遺灰の中の眼鏡サックを発見しました。
 叔母の短歌「白骨の中に見出せし眼鏡サックを一郎の形見よと兄の持ち来し」(「星は見ている」から)。海軍軍人の叔父は、上海で終戦時に自決しました。
 夫との出会いは、1951年春、幟(のぼり)町中学校職員室。彼の背広はくすんだ色でした。後に夫の被爆体験を知ることになります。ピカの翌春、父親が病死。お金になりそうな物品を、通学用の黒の風呂敷で闇市に売りに行くのも夫でした。卒業後の就職先は内定していましたが、奨学金を受けながら教員免許を取得し、幟町中に新採用。彼の背広はいとこの背広の染め直しでした。
 核兵器廃絶への彼の持論は「“よそもん”には分からんことがある」でした。「それは何か。“におい”だ」と。私も“よそ者”。
 20年前に病死した夫からの宿題は、満州事変勃発の年に生まれた私への「残りの人生の活動目標」でした。
 今、情勢は「満州事変前夜」と言われています。安倍政権が成立を狙う「戦争法案」の、目くらまし語は、「平和安全法制整備法」です。
 84年の自分の体験を語り、「積極的平和主義」の虚像を明らかにしていきたいです。

(2015年6月14日号「守る新聞」)

 
   
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