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福島原発事故から5年半 避難解除急ぐ国や県 拭いきれない“不安”

 2011年3月に起きた東京電力福島第1原発事故から、5年半強が経過しました。政府は、原発周辺の11市町村に出した避難指示を2014年4月から相次いで解除しています。2017年春も複数市町村の解除が予定されています。従来の年間被曝(ひばく)線量1ミリシーベルトから20ミリシーベルト(注)へ20倍にして避難が解かれ、事故がなかったかのように慰謝料の打ち切りが行われようとしています。福島の現状を紹介します。

(西野 武記者)

慰謝料3月まで

 2017年に解除される予定自治体(9月現在)は、双葉町(時期を町が判断)、浪江町(3月目標)、飯舘村(3月31日)、川俣町(3月予定)、富岡町(4月目標)です。
 政府は福島復興指針の閣議決定で、(1)避難指示解除準備区域と居住制限区域の避難指示を17年3月までに解除する、(2)同区域で避難者への慰謝料の支払いを18年3月までとする―などとしています。
 これに対して、福島県生活と健康を守る会連合会は「『20ミリシーベルト受忍論』で福島を切り捨てるな」と政府との交渉で訴えています。

原状回復放棄?

 「20ミリシーベルト」への引き上げは、(1)事実上の原状回復の放棄、(2)被害とは認めない、(3)賠償の矮小化、(4)賠償基準をせばめる裁判対策が進められている、(5)20ミリシーベルトがまかり通ると、全国でこれが基準になってしまう―など2020年の東京オリンピック前に原発事故はなかったことにしようと、多くの重要な問題を含んだまま強行されようとしています。
 福島原発事故を、「我慢せよ、受忍せよ」の強要です。福島原発事故は明らかに人的な公害問題であり許されません。

(注)1ミリシーベルト=国際放射線防護委員会で決められた、1年間の被曝限度量の上限。チェルノブイリでは5ミリシーベルト以上は、強制移住区域になります。福島はその4倍となり「国家による殺人」と告発する人もいます。


期限切らず完全賠償を

福島県伊達郡 渡邉 福七(58)

 私は、山木屋地区でトルコキキョウのハウス栽培をしています。ハウス13棟、1500坪ですが、原発事故のために1000坪しか栽培できません。原発事故後、技術を持っていたパートがいなくなりました。
 事故後、高齢の父と避難住宅に住んでいましたが、不自由な暮らしで、父は今年7月13日に亡くなりました。事故以来、米は栽培できず買うしかありません。食することができるまで賠償をしてもらいたいです。安心・安全な山木屋地区が完全に保障されて、若い人も戻って生活できるまでは、所得保障や生活賠償を続けるべきです。
 原発事故の時に、私たちは津島地区という川俣町で一番放射能が高い地域に避難しましした。子どもたちも大量の放射線をあびました。住民に知らせない行政は許せない。放射線をあびさせられた私たちへの責任を国はどう取るのでしょうか。所得保障と価格保障を、原発事故以前の生活に戻るまで期限を設けず責任を持って完全賠償することを訴えます。

長期的に除染を続けて

福島県伊達郡 村上 正子(62)

 私も、山木屋地区で「川俣町ブランド・トルコキキョウ」を栽培しています。原発事故後3年間は避難地から通い、今は、許可を取り現地に宿泊して朝5時からハウスで仕事をしています。
 5年前の原発事故で、山木屋地区全体が避難したので、忙しい時に頼んでいたパートの人も来なくなりました。子どもが家を継ぎ一緒に暮らす予定だったので、住宅の建屋面積を80坪に広くしましたが、原発が原因で帰って来なくなり、人生設計が大きく狂いました。
 山木屋地区が、来年の3月で避難解除になって、避難先から帰ってきても実り豊かな米が保証されていた田んぼの上には、フレコンバックが山積みになっています。帰ってきて何を生業にするのでしょうか。子どもたちが帰ることができるように長期的に除染を続けてほしいです。衣食住、医療について安心できるふる里に早く戻すことを願います。それまでは国と東電にいっさいの責任を持ってもらいたいです。

(2016年10月16日号「守る新聞」)

 
   
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