熊本
世帯分離解除は自立に逆行し違法
生活保護廃止取り消し訴訟で勝訴
熊本地方裁判所で生活保護廃止処分を取り消す判決が出されました。熊本では生活保護基準引き下げ違憲訴訟に次ぐ勝訴です。裁判の内容を熊本市生活と健康を守る会の益田牧子会長に聞きました。
関心高く大きく報道
10月3日、熊本地裁(中辻雄一朗裁判長)は、熊本県長洲町在住のМさん(73)家族の「生活保護廃止処分を取り消す」との判決を言い渡しました。
この裁判は、准看護師になった孫娘の収入増に伴い、同居の祖父母の生活保護を打ち切った玉名福祉事務所の保護廃止処分の取り消しを求めたものです。
判決は、「世帯の自立という長期的な視点に欠け、違法」と厳しい判断を示しました。
傍聴席から思わず拍手が沸きました。勝訴判決は、マスコミの関心も高く、NHK、県内各民放が報道、翌日には新聞各社に写真入りで記事が載り、地元紙は「県の対応、世帯の自立に逆行」と大きな見出しを掲げて連続して報道しました。
廃止までの経緯
Мさんは、長洲町で妻と2人暮らし、家庭の事情で、孫娘を保育園児の頃から育ててきました。2014年7月、病気で仕事ができなくなり、貯金も底をつき、年金だけでは医療費も払えないことから生活保護を利用し始めました。
同居の孫娘は、14年に看護専門学校准看護科に進学し、夫婦と生計を切り離す「世帯分離」の措置がとられ、病院でのアルバイト収入や奨学金を学費に充てていました。
16年に准看護師の資格を取り、看護師の資格を取るために同看護科に進学しました。准看護師となり、病院の給与が月10数万円に増えると、玉名福祉事務所の担当者は、17年2月、「孫の収入が大幅に増えたので、世帯分離を解除し、保護廃止をする」と、Мさん夫婦の生活保護を廃止しました。
勝訴までの闘い
Мさん家族は、妻が入院しても治療費が払えないほど生活が困窮しました。
孫娘も精神的に追い詰められ、学校を1年間休学し、休職を余儀なくされたことから、生健会への相談につながりました。
18年5月の審査請求が棄却、19年2月の再審査請求の棄却を受け、20年6月に裁判を起こしました。
判決は、世帯分離について「進学した世帯員の経済的な負担を軽くし、保護世帯との同居を続けながら、お金を稼ぐ力を取得させ、本人や世帯の自立を助けるもの」と述べ、一時的な収入増だけに着目した県の対応は「検討が不十分」と指摘しました。
そして、「孫は、病院の給与で学費を払い、看護師を目指していた。県の世帯分離の解除は、孫の収入増という表層的な現象に着目し、自立助長に効果的かという視点を欠いた違法なもの」「世帯分離解除の判断は、処分行政庁の裁量の範囲を逸脱・乱用したものとして違法性が認められる」と判断しました。
Мさんの裁判は、高木百合香弁護士1人から、いのちのとりで裁判の弁護団も参加、弁論・結審での意見陳述をしてもらい、争点が鮮明になり勝訴へとつながりました。花園大学の吉永純(あつし)教授にも援助をもらい、判決当日は熊本地裁に駆け付けてもらいました。
熊本市生健会の故阪本深前事務局長と地元生健会が相談を受け、「生活保護廃止処分取り消し」の審査請求・再審査請求に取り組みました。裁判になってからは、Mさんの娘が会員でもあることから、裁判傍聴など支援を続けてきました。
熊本県への「控訴するな」の申し入れも、弁護団や県内の年金者組合などと行いましたが、県は、国の意向を受けて控訴しました。
自立後押しする判決
花園大学 吉永 純
Mさんのお孫さんは、生活保護から排除(分離)されたため、生活費も学費も自力で賄い、准看護師の資格を取得。働きながら正看護師のコース(3年)に通っていたところ、世帯分離を解除されました。お孫さんは「これでは学校に通えなくなる」と福祉事務所に訴えましたが、福祉事務所は聞き入れず保護を廃止しました。
お孫さんが正看護師コースに在学しているにもかかわらず、福祉事務所は目先の収入に目を奪われて保護を廃止。お孫さんはショックで1年間の休学を余儀なくされました。
判決は、生活保護世帯の子どもの自立を正面から後押しする格調高いものです。
しかし、残念ながら、県は控訴しました。知事は「控訴回避の道を必死に探りましたが、国の判断には応じざるを得ず、断腸の思いで控訴する」と異例のコメントを出しました。
今や本来自立を支援すべき国の冷酷さとその孤立ぶりが明らかとなっています。
(2022年11月6日号「守る新聞」)